プロフィール

常磐ひたちメンネルコールの生い立ち

初代団長(顧問)  小林 佑治

 茨城県内において、従来、混声合唱団や女声合唱のみだった「県芸術祭合唱演奏会」に男声合唱が初めて登場したのは1992年の秋であった。筑波大学生等を含め100名を超える男声で名曲「月光とピエロ」(詩・堀口大学、曲・清水脩)を歌い上げた。この興奮が冷めやらぬ中、翌年7月、日立市民混声合唱団定期演奏会の1ステージで「わがふるき日の歌」(詩・三好達也、曲・多田武彦)を大いなる感動で演奏(県北メンバーで)。これが翌朝のNHKニュースや新聞で報道された。この興奮の中、「県北の地に男声合唱団を!」の意気込みで10月に「常磐ひたちメンネルコール」が誕生した。
発足以来のスローガンは「歌い、飲み。かつ歌い、若さを保つ場としよう」。
 上記両ステージで指揮していただいた新進の飛永悠佑輝氏を客員とし、団内指揮者・佐川文雄、団長・小林佑治、幹事長・松島秀雄の陣容で船出し、同時に月刊広報誌「メンネルニュース」が発刊された(2018/10で294号)その後1995年に団マーク・団旗を古跡直人がデザイン。1998年にはグリーン色のユニホームも制作した。(その後グリーン色のポロシャツも)。
 当時、県合唱連盟中の唯一の男声合唱だった。(取手男声合唱団があるが連盟に未加入)そして貴重な男声資源の供給源の役を果たしている。合唱界では女声合唱が圧倒的(6割強)、男声は数%の少数派である。
 男声合唱の重厚なハーモニーに魅せられて集まる団員の多くは日立市内かその近郊であるが、北はいわき市・南は土浦市など遠方から参加しているメンバーもいる。
 あれから25年、その間の活動詳細はホームページの各項目をご覧ください。


常磐ひたちメンネルコールの更なる発展

2代目団長  安藤 捷治

 1993年の合唱団創立以降、25年以上にわたり小林団長の積極的なご指導のもと、色々な行事を開催し発展してきました。特に、2018年5月には、創立25周年記念の第10回定期演奏会が成功裏に終り、同年10月には、念願のホームページ(HP)の立ち上げを行い、さらに12月には、25周年記念誌を発行することも出来ました。
 次の行事としては、2020年5月に第11回定期演奏会を計画していましたが、1月ごろから全世界的に新型コロナウィルスが蔓延して、国内にも影響を及ぼしました。政府から「緊急事態宣言」が発動されて、予定していた第11回定期演奏会は1年延期することを余儀なくされ、3月から6月までの4ケ月間は、練習が全くできなくなりました。
 7月から練習を再開できることになり、これを機に団創立以来26年間団長を務めていただいた小林さんに代わって安藤が就任いたしました。
 私(安藤)は、学生時代に男声合唱を楽しんでおりました。社会人になってからも、当時合唱コンクール等で全国的に名声を博していた企業の混声合唱団に入団しました。しかし、多忙な職場環境と男声合唱に馴染んでいた者にとっては、混声合唱に馴染めず程なく引退。以来長らく合唱から離れていましたが、停年近くになった1994年に、創立したばかりの常磐ひたちメンネルコールに入団してからは、今日まで男声合唱を楽しんでます。
 今後、団長として我が団の発展に少しでも役立ちたいと考えている次第です。

イラスト

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